
バジャウ族は、フィリピンをはじめとする東南アジアの海と深く関わりながら暮らしてきた人々です。
かつては船を生活の拠点とし、漁をしながら海を移動する人々もいたことから、「海の遊牧民」「Sea Nomads」と呼ばれてきました。
現在では生活の形も大きく変化し、多くの人々が沿岸部や陸上に定住しています。
この記事では、バジャウ族とはどのような人々なのか、そして現在セブ島ではどのような暮らしをしているのかを紹介します。


バジャウ族とは
バジャウ族は、一つの生活様式だけで説明できる単一の集団ではありません。
資料では「Sama」「Sama Dilaut」「Sama-Bajau」「Badjao」「Bajau」など複数の呼び方が使われています。
フィリピンの国立文化芸術委員会(NCCA)の資料でも、Samaには複数のグループがあり、その中でもSama Dilautは特に海との結びつきが強い人々として紹介されています。(文化芸術委員会)
また、フィリピン統計局の2020年国勢調査でも「Sama Badjao」「Badjao」「Sama Dilaut/Sama Laut」などがそれぞれ民族区分として記録されています。(フィリピン統計局)
セブ島で私が暮らしている村では、現在は自分たちを「バジャウ」と呼ぶ人が多く、村人同士ではバジャウ語を使って会話しています。
なぜ「海の遊牧民」と呼ばれるのか
バジャウ族は古くから、海で魚を獲り、船を使い、海と密接につながった生活を続けてきました。
一部の人々は船そのものを生活の場とし、沿岸を移動しながら暮らしていたことから、「海の遊牧民」として世界的に知られるようになりました。(スプリンガーリンк)
海との関係は暮らしだけではありません。
2018年に科学誌『Cell』で発表された研究では、バジャウの人々には比較対象となった近隣集団より大きな脾臓が確認され、長い潜水文化の中で自然選択による遺伝的な適応が生じた可能性が示されています。脾臓は潜水時に酸素を含んだ赤血球を循環させる役割に関係します。(サイエンスダイレクト)

ただし、現在のバジャウ族すべてが船上で暮らしているわけではありません。
定住化が進み、陸上や海岸沿い、水上の高床式住宅など、地域によってさまざまな生活があります。
セブ島にもバジャウ族の村がある
セブ島にも、現在バジャウ族が暮らす大きなコミュニティがあります。
村側への聞き取りでは、ここには約3,000人が暮らしているとされています。ただし、これは公的な人口統計ではなく、村のリーダーや住民から聞いているおおよその数字です。
村は、
- Nava(ナバ/ファーストビレッジ)
- Pungtod(プントン/セカンドビレッジ)
という二つのエリアに分かれています。
実際には隣接しており、徒歩でそのまま行き来できるため、生活圏として見ると一つの大きな村のようになっています。


現在、水上の高床式住宅だけでなく、陸側にも多くの家があります。
しかし、村のリーダーたちの話では、現在陸地になっている場所の一部も、約20年前までは海でした。
周辺では埋め立てが進み、セブ南部には現在のSouth Road Properties(SRP)が形成されました。政府資料でも、セブ南部の埋立地がCebu South Reclamation Projectとして整備され、2005年にはその土地の一部がセブ市政府へ移管されたことが確認できます。(ldr.senate.gov.ph)
都市の発展とともに、バジャウ村を取り巻く環境も大きく変わってきました。
現在も海は暮らしの一部
定住生活が増えた現在でも、海との関係がなくなったわけではありません。
村には多くの船があり、現在確認しているだけでも51隻が停泊しています。


男性の多くは魚を獲ることができ、漁はいまも日常生活の一部です。
代表的な魚の一つが、現地で「Tanigue(タニギ)」と呼ばれる大型魚です。
一方で、現在は漁だけで家族の生活を支えることは簡単ではありません。
燃料費などの負担もあり、漁は大きな収入源というより、家族や近隣で食べる魚を獲る意味合いが強くなっています。
魚が多く獲れたときには販売することもありますが、日常的に市場へ大量に出荷する生活とは異なります。

漁だけではない現在の仕事
現在の村では、仕事も多様になっています。
漁のほかにも、
- 船づくり
- 船の販売
- アクセサリーづくり
- 建設業
- 村の中での小さな商売
- マーケットなどでの仕事
- 学校の先生
- 観光地での案内
- ツアー関連の仕事
など、さまざまな方法で収入を得ています。


昔ながらの海の暮らしを残しながらも、現在の都市社会の中で生計を立てるため、仕事の形も変化しています。
バジャウ村の食事
主食としてよく食べられているのは、ご飯、キャッサバ、コーンライスなどです。
特に年配の人たちには、昔から食べてきたキャッサバを好む人もいます。
おかずの中心は魚です。
魚は自分たちで獲るだけではなく、マーケットで購入したり、近隣の人から分けてもらったりすることもあります。
調理方法は、魚のスープ、炭火焼き、干物、素揚げなど比較的シンプルです。


子どもが多い村
村を歩いていると、特に目につくのが子どもの多さです。
5人以上の兄弟がいる家庭も珍しくなく、通路や家の前、海の近くでは多くの子どもたちが遊んでいます。

学校へ通う子どももいます。
村での生活を見ている感覚では、学校へ通っている子どもは増えていますが、すべての子どもが同じように教育を受けられているわけではありません。
教育や差別、生活環境については、別の記事で詳しく紹介していきます。
村では何語を話している?
バジャウ同士では、主にバジャウ語を使います。
セブの人たちと話すときにはビサヤ語(セブアノ語)が使われます。
小さな子どもや高齢者の中にはバジャウ語だけを話す人もいますが、成長するとビサヤ語を話す人が増え、現在学校へ通っている若い世代には英語を話せる人もいます。
一つの村の中でも、相手や世代によって使う言葉が変わっています。
昔の暮らしと、現在の暮らし
「海の遊牧民」という言葉だけを見ると、現在もすべてのバジャウ族が船で移動しながら暮らしているように想像するかもしれません。
しかし、現在のセブ島の村を見ると、実際の姿はもっと複雑です。
水上住宅で暮らす人。
陸側で暮らす人。
漁へ出る人。
船を作る人。
建設現場で働く人。
小さな商売をする人。
学校へ通う子どもたち。
昔から続いているものと、都市化の中で変化してきたものが、同じ村の中にあります。


バジャウ族を知るということ
バジャウ族について調べると、「海の遊牧民」「素潜り」「水上生活」といった言葉が多く出てきます。
それらはバジャウ族を知る大切な入口です。
ただ、現在の暮らしはそれだけではありません。
海とともに培われてきた文化を持ちながら、都市開発、仕事、教育、生活環境など、さまざまな変化の中で現在の生活があります。
このブログでは、歴史や文化だけではなく、実際にセブ島のバジャウ村で暮らす人々の日常、仕事、家族、漁、食事、社会的な課題などを、現地の写真や聞き取りを交えながら紹介していきます。
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実際にバジャウ村を訪れることもできます
セブ島では、実際にバジャウ村を訪れ、村の暮らしや人々との交流を体験できるツアーを行っています。
観光地として外から眺めるのではなく、村の中を歩き、現地の人々と交流しながら現在の暮らしを知るツアーです。
[バジャウ村ツアーについて詳しく見る]

