
セブ島のバジャウ村には、海の上に竹の杭を打ち、その上に建てられた家が数多くあります。
材料は竹、木材、ベニヤ、トタンなど。
大きな重機を使うわけでも、設計図があるわけでもありません。
村人たちが材料を選び、海の上で一本ずつ杭を打ち、すべて手作業で家を建てていきます。
私自身もこの村で海上住宅を建て、現在そこで生活しています。
この記事では、バジャウ族の海上住宅が実際にどうやって建てられているのか。そして、その家の中で家族がどのように暮らしているのかを紹介します。


海底に竹の杭を打つところから始まる
海上住宅を建てるとき、最初に作るのが家を支える土台です。
この村では、竹の杭を海底へ直接打ち込みます。
まず竹を必要な長さに切り、海底へ差し込む側を「スンダン」と呼ばれる大きな刃物で尖らせます。



尖らせた竹を高い足場の上から狙った場所へ力いっぱい突き刺し、その後、大きなハンマーで何度も叩きます。
数十回振り下ろし、海底の深いところまで固定していきます。


見た目以上に大変な力仕事で、誰でもできる作業ではありません。
私の家を建てたときも、杭打ちは村の中でも特に力のある男性が担当しました。
うまく固定できなければ、一度抜いて位置を変え、最初から打ち直すこともあります。
杭は約5フィート間隔
家の大きさはそれぞれ違いますが、杭は基本的に約5フィート(約1.5m)間隔で配置します。
住宅だけでなく、家と家をつなぐ通路も同じような間隔で杭を打って作られています。
例えば、10フィート×10フィート(約3m×3m)の小さな家なら、9本程度の杭を使います。
ただし、実際には家族の人数や使える材料などによって、大きさも造りもさまざまです。

杭を打ち終えると、その上に木材を組み、家の骨組みを作っていきます。

床は竹、壁はベニヤ、屋根はトタン
骨組みができると、次は床を作ります。
村で最もよく使われている床材は竹です。
竹を割って並べ、そのまま床として使います。家によってはベニヤなどを床に使うこともあります。


床ができると、壁を作ります。
現在はベニヤを使った家が多く、手元にある材料によってはビニールシートなどを組み合わせている家もあります。

そして最後に屋根です。
現在の村ではトタン屋根が一般的ですが、昔は椰子の葉を編んで屋根にしていました。
今でも椰子の葉を使った屋根は村の中に残っています。
ただ、椰子の葉はトタンに比べて傷みやすく、虫もつきやすいため、現在ではトタンを使う家が多くなっています。




一つの部屋で家族みんなが暮らす
村の家は、日本の住宅のようにリビング、寝室、キッチンと細かく分かれているわけではありません。
基本的には一つの空間です。
大きな家でも、室内を壁で細かく仕切っている家はあまりありません。
その一つの空間で料理をして、食事をして、家族みんなで寝ます。
専用のキッチンがあるわけではなく、家の中の床で調理する家庭がほとんどです。
【写真⑮:一般的な家庭の室内全体】
【写真⑯:家の中で料理をしている様子】
家具も少なく、多くの家庭にあるのは衣類、食器、調理器具など生活に必要なものが中心です。
冷蔵庫やテレビなどの家電がある家庭は多くありません。
一方でスピーカーを持っている人もいて、村のどこかから音楽やカラオケが聞こえてくることはよくあります。
【写真⑰:普段の室内の様子】
親戚同士はなるべく近くに暮らす
一つの家に暮らすのは、両親と子どもだけとは限りません。
祖父母、両親、子どもなど、複数世代が同じ家で生活することもあります。
10人以上で一緒に暮らしている家庭も珍しくありません。
また、別々の家で生活するようになっても、親戚同士はなるべく近くに住むようにしています。
そのため、親や兄弟、親戚の家がすぐ隣や近くに集まっている場所も多くあります。
一人だけで暮らしている人は、私が普段生活している範囲ではほとんど見かけません。


ほとんどの人が竹の床でそのまま寝る
村の家では、ベッドを置いている家庭は多くありません。
夜になると、ほとんどの人が竹の床、またはベニヤなどの床の上にそのまま横になって寝ます。
マットを敷いて寝ている人もいますが、私が普段見ている範囲ではかなり少数です。
家の外で寝ている人を見かけることもあります。
昼間は家族が食事をしたり話したりしていた場所が、夜になるとそのまま寝る場所になります。

そして、多くの人が持っているのが、バジャウの人たちが日常的に使う筒状の布です。
夜に寒いときには体に掛けたり、シャワーの後に体を覆ったりと、さまざまな用途に使われています。
部屋に仕切りがほとんどない生活の中で、体を覆ってプライバシーを確保するためにも使われています。

私の家は一般的な家より頑丈に作った
私自身も、この村で実際に海上住宅を建てました。
私の家は、横幅が約3.7m。
奥行きは、家の部分が約5m、テラス部分が約2mで、合わせて約7mあります。
家の部分には16本、テラスとトイレ部分には10本、合計26本の竹杭を使いました。



ただし、私の家は一般的な村の住宅よりも頑丈に作っています。
日本人の来客が訪れることも想定して、通常より多くの杭を使いました。
比較として、隣にある住宅の一例を実際に測ってみると、横幅は約2.5m、奥行き約5m、使われている杭は6本でした。
もちろん、すべての家がこの大きさというわけではありません。
家族の人数や使える材料によって、村の住宅の大きさはかなり違います。


設計図なしで約2週間で完成
私の家は約2週間、実際の作業日数では約12日で完成しました。
全体を管理する人、建築作業をする人、杭打ちを担当する人など、すべて村の住民です。
作業は最初から最後まですべて手作業です。

人件費は、1人1日500ペソ、ほかの3人は1人1日400ペソでした。
建築資材や運搬費、その他諸経費などを含めた 建築費総額:約80000ペソ


そして、実際に家を建てて驚いたことの一つが、設計図も工程表もないことでした。
経験のある村人が家の大きさを見て、必要な竹や木材などの量を判断します。
「これくらい必要」と言われて買ってくると、実際にほとんど余ることなく使い切ります。
材料が足りなくなれば、その都度買いに行きます。
竹、木材、ベニヤなどを扱う店は村からE-bikeで10〜20分ほどの範囲にあり、必要な材料は近くでほぼ揃います。




ゴムチューブで水平を出し、水平器でも確認する
設計図はありませんが、すべてを感覚だけで作っているわけではありません。
家を建てるときには、水を入れた透明なゴムチューブを使って高さを合わせ、水平を出します。
さらに水平器でも確認しながら床や骨組みを作っていきます。
海底の高さが一定ではないため、それぞれの杭の高さを調整しながら、海の上に水平な床を作ります。



私の家は約2週間。でも普通はもっとのんびり建てる
私の家を建てたときの作業時間は、一般的な村の家づくりとは少し違います。
私は日本人なので、朝から夕方まである程度決まった時間で作業してもらいました。
しかし、村人たちが自分たちの家を建てる場合は、もっとのんびり進めることが多いです。
セブの日中は非常に暑いため、基本的に作業するのは朝と夕方。
特に10時ごろから14時ごろまでは暑く、作業をしないことも多くあります。
私の家が約2週間で完成したとき、村人たちは「自分たちの家だったら倍以上かかる」と笑っていました。

家は完成したら終わりではない
海の上の家は、完成してからも修理を繰り返しながら使います。
竹の床は数か月すると部分的に傷み始め、1年ほどの間に悪くなった場所を交換していきます。
家を支える竹杭は、おおよそ4〜5年。
トタン屋根は潮風によって腐食します。
木材はシロアリの被害を受けることもあります。



ただし、傷んだからといってすぐに修理するとは限りません。
理由は基本的にお金の問題です。
新しい竹や木材を買う余裕がなければ、危ない状態でもそのまま使い続けることがあります。
材料を買えるようになってから修理したり、使える廃材が手に入れば、それを利用して直したりします。
特に家と家をつなぐ通路は傷みやすく、1〜2年程度で補修が必要になる場所もあります。


満潮になると家のすぐ下まで海が来る
満潮時には、場所によりますが床から海面まで1m強ほどになります。
私の家は、におい対策も考えて周囲の家より少し高く建てました。
現在、この周辺には都市開発によって堤防ができているため、大きな波が直接入ってくることはほとんどありません。
その一方で海水の流れが弱くなり、汚れが滞留しやすくなっています。
船が近くを通ると家がわずかに揺れることはありますが、普段の生活で大きな揺れを感じることはほとんどありません。




大雨の日は生活用水を集める
大雨になると、日本とは少し違った光景が見られます。
外へ出て雨水で体を洗う人が現れ、子どもたちは雨の中で遊び始めます。
バケツなどを外へ並べ、雨水を生活用水として貯める家庭もあります。


一方、村の近くには川があります。
強い雨が降ると、上流から必ず大量のゴミが海へ流れ込んできます。
雨が強ければ強いほど流れてくるゴミの量も増え、海上住宅の下や周辺に大量に溜まります。

大型台風では学校などへ避難する
普段の大雨で避難することはありませんが、大型台風が接近すると状況は変わります。
行政の職員がメガホンなどで避難を呼びかけ、村人たちは近くの学校などへ避難します。
家では、トタン屋根が強風で飛ばされないよう、石などを入れた重りをロープで屋根の両側から固定する対策も行います。
それでも家が壊れてしまえば、台風のあとに竹や木材などを使って再び自分たちで作ります。
【写真㊶:台風に備えて屋根を固定している様子 】
2005年の大火災とコンクリート住宅
この村では、2005年に大規模な火災が発生しました。
村の人たちも現在までこの火災についてよく覚えており、当時の生活について話してくれることがあります。
火災によって多くの家が失われ、その後、政府によってコンクリート住宅が建てられました。


村人から聞いた話では、コンクリート住宅が完成するまでには約3年かかったそうです。
その間、SRPロード付近に壁のない簡易的な住居を作り、木や竹で寝る場所を作って生活していた人たちもいました。
完成まで待てず、自分たちで再び家を建てた家庭もあったと聞いています。
現在の村には、竹や木材で作られた海上住宅と、火災後に政府によって建てられたコンクリート住宅の両方が存在しています。

村人が自分たちで作り、直しながら暮らす家
バジャウ村の海上住宅は、構造だけを見ればとてもシンプルです。
竹の杭を海底へ打ち、骨組みを作り、竹の床を敷き、ベニヤの壁を立て、トタンの屋根を載せる。
しかし実際に自分の家を建ててみると、その一つひとつに村人たちが長年身につけてきた経験と技術があります。
海底の高さが違っても水平な床を作る。
設計図がなくても必要な材料を判断する。
床が傷めば竹を交換し、通路が壊れればまた直す。
そして、その一つの空間で家族や親戚が近くに集まって暮らしています。
海上住宅は、単に「海の上に建つ珍しい家」ではありません。
現在のバジャウ村で、人々が毎日生活している家です。



