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BAJAU JOURNAL

バジャウ通信

バジャウ族はどこに住んでいる?フィリピンと東南アジアの分布

バジャウ族はどこに住んでいる?フィリピンと東南アジアの分布

「バジャウ族」と聞くと、フィリピンの民族というイメージを持つ人も多いかもしれません。

しかし、バジャウ族はフィリピンだけに暮らしているわけではありません。

フィリピン南部をはじめ、マレーシアやインドネシアなど、東南アジアの海域に広く暮らしてきた人々です。

私が暮らしているセブ島のバジャウコミュニティでも、家族のルーツを聞いてみると、セブ以外のさまざまな地域の名前が出てきます。

この記事では、バジャウ族がどこに暮らしているのか、現在の分布とセブ島への移住について、現地で実際に聞いた話も交えながら紹介します。

バジャウ族は東南アジアの海域に広く暮らしている

バジャウ族は、フィリピン南部からマレーシア、インドネシアにかけて広く分布しています。

特にフィリピン南部のスールー諸島やミンダナオ周辺、マレーシア・サバ州、インドネシア各地などにバジャウのコミュニティがあります。

海を生活の場としてきた歴史を持つため、現在の国境だけでは簡単に区切れない民族でもあります。

現在は陸上や海岸、水上集落などに定住して暮らす人も多く、「バジャウ族=現在も船で移動しながら生活している人々」というわけではありません。

バジャウ族の主な分布地域

大きく見ると、主な分布地域は次の3か国です。

  • フィリピン
  • マレーシア
  • インドネシア

ただし、バジャウ族には地域によって異なる呼称や集団があり、「バジャウ」という一つの名称だけですべてを単純にまとめることはできません。

フィリピンでは南部を中心に暮らしている

フィリピンでは、特に南部にバジャウのコミュニティが多く存在します。

代表的なのが、ミンダナオ島西部のサンボアンガや、その南西に広がるスールー諸島、バシラン島などです。

セブ島の村で年配の人たちにルーツを聞くと、「もともとはサンボアンガから来た」という話もよく聞きます。

一方、現在ではセブ、ボホール、レイテ、パラワンなど、フィリピンのさまざまな地域にもバジャウのコミュニティがあります。

私が実際に話を聞いた村人の中にも、本人や家族がボホール、レイテ、パラワン、サンボアンガなどから来たという人がいます。

セブ島のバジャウコミュニティも移住によってできた

現在、私が暮らしているセブ市マンバリン地区のバジャウコミュニティも、昔から現在の場所にあったわけではありません。

村の人たちによると、この場所にコミュニティができ始めたのは1972年ごろ。

当時について聞くと、

「魚を獲っていたら、ここに住むようになった」

と話す人もいます。

現在では数千人規模のコミュニティになっていますが、約50年前までさかのぼれば、現在の住民の家族も別の地域から移ってきた人たちです。

若い世代ではセブ生まれの人が増えていますが、年配の世代に話を聞くと、本人や親、祖父母が別の島から移住してきたケースは珍しくありません。

マレーシアから船でセブへ移住した家族もいる

私の家の隣に住んでいるおじいさんも、セブ島の出身ではありません。

出身はマレーシアです。

本人から聞いた話では、約20年前、家族約20人で船に乗ってマレーシアからセブへ移住してきたそうです。

移住した理由について、おじいさんは「当時マレーシアで海賊が増えたから」と話しています。

そして、このおじいさんは現在のセブのコミュニティの村長の父親です。

さらに、その当時の村長もサンボアンガからセブへ移住してきた人物でした。

一つの家族の歴史をたどるだけでも、マレーシア、サンボアンガ、セブと、複数の地域がつながっています。

こうした話を日常的に聞いていると、バジャウの歴史と「移動」は切り離して考えられないものだと感じます。

今でも島から島へ移住する人がいる

こうした移住は昔だけの話ではありません。

現在でも、別の島や地域からセブへ移ってくるバジャウの人たちがいます。

理由の一つが仕事です。

生活が苦しくなり、仕事を探すためにセブにいる親戚や友人を頼って移住してくるケースがあります。

また、結婚によって住む場所が変わることもあります。

私が暮らすコミュニティでは、結婚すると男性がまず女性側の実家で約1か月生活し、その後、男性側の家へ移るという習慣があります。

別の島や別のバジャウコミュニティの人同士が結婚することも珍しくありません。

結婚式になると、遠くの地域から親戚がセブを訪れることもあります。

村で生活していると「親戚が別の島から来ている」という話を聞くことはそれほど珍しいことではありません。

ボホールやレイテとも交流がある

セブのコミュニティでは、特にボホールやレイテなど近隣の島とのつながりを感じることがあります。

実際にそこから移住してきた人もいますし、親戚や知人を通じた行き来もあります。

そのため、セブのバジャウコミュニティを「セブだけで完結している一つの村」と考えると、実際の姿とは少し違います。

海を挟んだ別の島にも家族や親戚がいて、人の移動によって複数のコミュニティがつながっています。

マレーシアのサバ州にも多くのバジャウが暮らす

フィリピン国外では、マレーシアもバジャウ族との関係が深い地域です。

特にボルネオ島北部のサバ州には、現在も多くのバジャウの人々が暮らしています。

セブの村でも「マレーシアから来た」という話を聞くことがあります。

現代ではフィリピンとマレーシアは別々の国ですが、バジャウの人々の歴史を考えると、現在の国境よりも古くから海を通じた人々の移動がありました。

私の隣人のように、実際にマレーシアからフィリピンへ移住してきた人が現在のセブにも暮らしています。

インドネシアにもバジャウのコミュニティがある

さらに南へ行くと、インドネシアにもバジャウのコミュニティがあります。

インドネシアではスラウェシ島周辺をはじめ、広い海域にコミュニティが存在しています。

ただ、私が暮らしているセブの村では、マレーシアやフィリピン国内の島についての話を聞く機会に比べると、インドネシアとの直接的なつながりを聞くことはあまりありません。

同じバジャウでも、地域によって交流の範囲や生活環境は異なります。

「海の遊牧民」でも現在は定住している人が多い

バジャウ族は日本では「海の遊牧民」と紹介されることがあります。

確かに、海上で暮らしながら移動してきた歴史は、バジャウ族を理解するうえで重要です。

しかし、現在の暮らしまで「船で海を移動し続けている」と考えると実態とは異なります。

少なくとも現在のセブのコミュニティでは、ほとんどの人が一つの場所に定住しています。

家を建て、仕事をし、子どもたちは学校へ通い、村の中で日常生活を送っています。

海上に建てられた家もありますが、それは「船で移動しながら暮らしている」という意味ではありません。

伝統的な海との関係を残しながら、生活の形は時代とともに変化しています。

国境よりも海でつながってきた人々

バジャウ族の分布を見ると、フィリピン、マレーシア、インドネシアという現在の国境を越えて広がっていることが分かります。

セブの一つのコミュニティだけを見ても、サンボアンガ、ボホール、レイテ、パラワン、マレーシアなど、さまざまな場所につながる家族の歴史があります。

そして現在も、仕事や生活、結婚などをきっかけに人は移動しています。

「海の遊牧民」という言葉だけを見ると、遠い昔の民族のように感じるかもしれません。

しかし実際には、バジャウの人々は今も東南アジア各地で暮らし、それぞれの地域の社会とつながりながら生活しています。

私自身も今後、セブ以外のバジャウコミュニティを訪れ、地域による暮らしや文化の違いを実際に見ていく予定です。

このブログでも、現地で分かったことを随時紹介していきます。

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